ICT技術で「見えないクマ」を可視化 — 秋田県で環境DNAを活用した新たな生息調査を開始
株式会社フィッシュパスは、全国的に深刻化するクマ被害への対策として、ICTスタートアップリーグ採択事業の一環により、河川水から抽出した環境DNA(eDNA)を用いてツキノワグマの生息域を可視化する、新たな生息地調査を開始しました。
背景 ―― クマ被害の増加と従来調査の限界
近年、クマによる人的被害や農作物被害が全国的に増加しており、地域住民の不安は高まり続けています。
しかし、クマの生息域や移動状況はこれまで主に目視や痕跡(足跡、爪痕、糞など)による調査に依存しており、正確な生息密度、個体数、移動経路の把握には大きな限界がありました。
フィッシュパスの挑戦 ―― 環境DNA技術を「水生生物以外」に応用
こうした課題を解決するため、ICTスタートアップリーグ採択者であるフィッシュパスは、最先端の環境DNA(eDNA)技術を活用したクマの生息調査を新たに開始しました。フィッシュパスの技術では、コップ一杯の川の水から環境DNAを抽出し、その水域にどの生物が生息しているかを高精度に判定することができます。
フィッシュパスはこれまで、全国の漁協と共同で魚類の生息調査を多数実施してきました。絶滅危惧種の保全、水産資源の適切な管理、放流効果の検証など、環境DNAを活用した科学的なモニタリング体制を構築し、地域の水環境保全に寄与してきました。こうした実績を背景に、環境DNAを「水生生物」以外に応用することで、哺乳類の存在までも把握できる新たな挑戦が始まっています。
クマ専用プライマーの開発と調査開始

現在、湊屋啓二さん(※1)の協力のもと、ツキノワグマの肉片からクマ専用のプライマー(DNAの種類を判別できる検査キット)を作成しています。これにより、自治体や漁協と連携し、秋田県内の河川水を採取して、クマの生息を科学的に確認する取り組みが進められています。
(※1)湊屋啓二さん
秋田県で菓子店を営む湊屋啓二さんは、2年前、自宅車庫のシャッターを開けた際に中に入り込んでいたクマと遭遇し、顔や腕、胴体に深い傷を負い、頭皮がめくれて頭蓋骨が露出する重傷を負いました。

eDNAで明らかになる「見えなかった生息」の痕跡

環境DNA調査では、水を採取した地点からおよそ1キロ上流範囲に生息しているクマのDNAを検出できる可能性があります。これにより、広範囲の調査を行わなくても、生息の有無やその変化を面的に把握でき、クマがどの程度地域へ入り込んでいるか、侵入状況や生息の度合いを科学的に評価することが可能になります。
過去データの再解析 ―― 時間軸でみる保全と警戒のために
さらに、フィッシュパスが全国の漁協と築いてきたネットワークを活かし、過去に採取・冷凍保存されてきた河川水を再解析する取り組みも準備中です。これにより、現在だけでなく「過去の生息状況」までも振り返ることができ、クマの行動域の変遷や個体数の増減など、これまで得られなかった長期的データの取得が期待されています。
共存を見据えた科学の一歩 ―― 駆除以外の選択肢
近年、日本各地でクマの出没が社会問題となる中、「駆除」以外の選択肢を示すためには、まず正確な生息実態の把握が不可欠です。フィッシュパスが取り組む環境DNA技術は、これまで把握が難しかったクマの存在を“見える化”し、科学的根拠に基づいた被害対策や保全政策への活用を可能にします。複雑な生態系を分かりやすいデータとして提供することで、人と自然が共生する未来、野生動物との共存に向けた新たな科学的基盤の構築を目指していきます。
